2011年5月31日撮影
第7回熊野古道散策で私が一番興味があったのが顕如上人の遺跡でした。
この画像のExifにはこの場所の緯度経度を挿入していますので
ダウンロードして見て確認してください。下には地図のリンクも付けていますが
確認していただく為にExifに挿入しています。

顕如上人は本願寺第11代法主。

1943年〜1592年で証如の長男。

永禄2年(1559)門跡となる。

教団維持のため戦国大名に対抗し争った門徒に無抵抗主義を説き、

戦国大名との政治的交渉によって本願寺を守ってきた。

しかし、元亀元年(1570)の信長による石山本願寺明け渡しの要求は、

遂に顕如をして、本願寺を守るために信長との対決を決意させ、

11年にわたって激しく戦い、天正8年(1580)3月正親町天皇の勅によって

信長と条件付き講和を結んで屈服した。

同年4月雑賀門徒を頼って紀伊の国鷺の森に移った。

泉佐野市上瓦屋741元成寺の通称八百屋さんの裏手に顕如上人隠れ井戸等の遺跡がある。

上人は天正13年大僧正となり、17年秀吉から京都堀川七条に寺地を寄進され、

大名祖廟を増建するなど本願寺の基礎の確立に努力した。

文禄元年京都七条に本願寺を再興したが、その年の暮れ、同寺で亡くなった。

(坂上義和「郷土歴史人物事典和歌山」・第一法規より)。